草木染紬九寸名古屋帯『道標』
Obi “El camino”, Pongee Weaving
百日紅 白樫 蘇芳 葛
2021
雨に、濡れながら帰りの道を走ってゆくとき、バスの、陽だまりに肩をあずけたままねむるひとを見たとき、車窓より束の間あらわれた海を一心に眺めるとき、道の、縁石の上をたどってそのまま、歩いてゆきたい気持ちになったとき、その、それぞれの瞬間に、かつての巡礼の道での記憶が還ってくることがある。
その道にはいつもきんいろの矢印が、帆立貝とともに描かれていた。いつもそばにあるわけではないその矢印は気まぐれに姿を消してはふたたびあらわれ、わたしの進むべき道を指し示してくれるのだった。跡形もなく消えてしまったように思えた印と再会するたび、ペンキの缶を両手にぶら下げた見知らぬだれかが先回りをして、ゆく道の先で待っていてくれたような、かみさまというのかはわからないけれど、それにしてもなにかおおきな存在が、わたしを見守っていてくれるような気がしたものだった。
旅を終えたいまとなっても、目には見えないだけで、いま歩いているこの道のうえにも、だれかが残してくれたきんいろのしるしが残されているのではないか、と思うことがある。
帯を織ろうと、その完成の姿を思い浮かべたときもこの道が、きんいろのしるしがぼんやりと頭の中でひかるのがわかった。道はわたしの道のようでも、過去の、無数のひとびとの行き交う道のようでもあった。